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[Diary]仙台へ旅行に行ってきますた。2日目

ども、ドラグレッターです。前回の続きということで旅行2日目のことを書いていきます。1日目は松島を満喫しましたが、2日目は前半が松島観光、後半が買い物を堪能して帰る、という日程になりました。特に前半は、「仙台にこの人あり」とも言えそうなあの人物に会い(?)に行ってきました。あ、最初に書いておきますがアラッキー先生じゃあありませんよw(そうだったら今頃、ある意味再起不能になっていますね)

ヲタが満喫する普通の旅行記、続きを読む場合は以下のリンクをクリックしてください。

3/8 8:00

起床後、すぐに朝食を食べに行きました。朝食は夕食と違い完全なバイキングでした。ホテルの朝食は既に決まっている和風の献立、というパターンが普通で、朝食でバイキングというのは珍しいと思いました。しかも和風だけじゃあなく洋風、つまりパンやホットケーキ(!)もありました。オレはご飯派なのでご飯中心の組み合わせにしましたが、どれもうまかったです。

9:30

チェックアウト時間まで30分しかありませんが、せっかくなのでさっさとひとっ風呂浴びに行きました。朝風呂なんだし、体や髪は洗わなくてもいいよな、と思ったのですが……

10:00

いつものくせで体や髪を洗ってしまいました(汗) おかげでチェックアウトギリギリになって風呂から上がり、急いで退出するハメになりました…。

10:30

次なる観光スポットはオレとほかの家族とで別行動になりました。何故かというとオレは『みちのく伊達政宗歴史館(以下「歴史館」)』に行きたかったからです。そう、冒頭で書いた『「仙台にこの人あり」とも言えそうな人物』とは伊達政宗のことなのです。

さて、伊達政宗といえば……

20090320_001

「That’s all right. オレとやろうってのかい?」

この奥州筆頭を連想される方が多いんじゃあないかと思いますが、オレが見に行ったのはこの方の元ネタとなった実際の伊達政宗です。もちろんオレ自身も伊達政宗といえば「言葉の所々に英語が混じる暴走族っぽい奥州筆頭」というイメージが強いのですが、今回はそれにちなんで伊達政宗の歴史を知ろうと思いこの歴史館へ行くことにしました。影響を受けまくったヲタって怖いですねぇ…。

ということで以下しばらくの間、歴史館で撮ってきた写真を交えながら伊達政宗の歴史について簡単に書いていきます。

20090320_002

歴史館の外観です。この建物の中に伊達政宗やその他歴史上の人物のろう人形が所狭しと飾ってあります。このあたりは交通量が多いので、車の流れが切れた瞬間に撮影しました。

20090320_003

歴史館に入ってすぐ右にある伊達政宗のろう人形です。馬に乗っていざ出陣、てところでしょうか。なかなか迫力がありました。

歴史館に入ってしばらくはそのほかの歴史上の人物のろう人形が展示されています。最後あたりには現代の有名人ということで野球の松井秀喜選手や「感動した!」のAAでもおなじみ小泉元総理のろう人形もありました。

そして少し奥まで進むと、本館のメインともいえる伊達政宗のコーナーがありました。

20090320_004

幼い頃の伊達政宗(写真中央)です。付近にあった解説によると、伊達政宗は永禄10年(1567年)8月3日に米沢城主伊達輝宗嫡男として「梵天丸」の幼名で生まれたそうです。伊達政宗は独眼の武将としても知られていますが、その理由についてもここで述べられていました。5歳の頃に疱瘡という病気にかかって片眼を無くしてしまったそうです。オレは今まで戦いの中で片眼を失ったと思っていたので少し驚きました。

そしてこのころから母親の義姫は、梵天丸を疎ましく思うようになり、次男竺丸の誕生がそれを決定づけたそうです。母親似の美童である竺丸を溺愛し、独眼の梵天丸への母親としての愛を捨てたのです。こうして梵天丸は母親の愛に飢えながらも孤独の中で逞しく成長していきました。

このことから伊達政宗は幼い頃から怒濤の人生を歩んできたと言えます。それにしても義姫には困ったものです。名前に含まれる“義”の字は偽りですね。逆に父親の輝宗は伊達政宗を愛していたそうで、いずれは自分の跡を継がせようと思っていたそうです。

20090320_005

伊達政宗の付き人、片倉小十朗です。片倉小十朗といえば、伊達政宗が奥州筆頭と呼ばれている「あの」世界のこの方は、伊達政宗の右腕でありながら野菜を育てるのが生き甲斐の武将として知られています。実際に野菜を育てるのが趣味だったかどうかは別として、伊達政宗の幼い頃からお守り役として付いていたそうです。伊達政宗に剣を教えたのもこの方だそうです。六刀流なんていう無茶苦茶なあの伊達政宗しか知らないと想像もできないことです。

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伊達政宗の初陣の様子です。もちろん、印象的な兜をかぶっているのが伊達政宗で、このときは15歳だそうです。天正9年(1581年)の5月に相馬小高城主の相馬盛胤と戦った輝宗ですが、支城を次々と落とされ、反撃のために政宗を投入したそうです。見事盛胤を蹴散らした政宗は近隣の大名たちの注目を浴びました。

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これは政宗が当主になってからの戦の様子です。二本松城主畠山義継が政宗に宣戦布告をし、近隣の諸大名と手を組み3万兵の軍を送り込みました。対する政宗は7000兵の軍を率いて人取橋を中心に対陣しました。一時は数で苦戦していましたが、従兄弟である伊達成実の奇襲により形勢逆転しました。この戦いは後に『人取橋の戦い』と呼ばれるようになったそうです。

…と、簡単に解説をしてきましたが、時間とメモリー・カードの空き容量の問題からここまでです(汗) 興味がある方は調べてみてください。文章だけで手短に書きますと、豊臣秀吉に処刑されかけたところを徳川家康に助けられたり都市計画に精力的になったりと、あの奥州筆頭からはとても想像できないことをやっていたそうです。

こうして伊達政宗の歴史について感慨深く思いながら、歴史館をあとにしました。

12:00

松島をあとにして、母親と妹と弟が行きたがっていた『仙台泉プレミアム・アウトレット(以下「プレミアム・アウトレット」)』に行ってきました。オレにとっては場違いかと思いましたが意外とそうでもなく、そしてここでオレがもっとも多く金を使いました(というより使わされた…)。

20090320_008

プレミアム・アウトレットの奥の方です。かなりオープンな場所に様々な店舗が建ち並んでいます。

入ってすぐの場所に、音響機器メーカーのBOSEの直営ショップがありました。オレがその近くの服屋にいるときに(このときオレは直営ショップの存在を知らなかった)、父親から電話があり、それで存在を知って行ってみました。

父親がオレを呼び出した理由は、“ライフスタイル48 シリーズIII DVD ホームエンタテイメントシステム(以下「ライフスタイル48」)”のデモ上映会が行われるからでした。エセ・オーディオマニアとしてこれはだまっていられない、ということで呼び出しを喰らってすぐ行きました。

上映会の内容は「大迫力のホーム・シアターはいい映像といい音が一体にならないと意味がない」というものをライフスタイル48の製品説明を交えて行うというものでした。コイツのすごいところは「場所を取らずに本格的なホーム・シアターを構築できる」という点で、特にスピーカーが特筆ものだと思います。外観寸法が57(W)×113(H)×83(D)mmという超小型スピーカーなのにもかかわらず迫力のある音を鳴らしてくれました。『メン・イン・ブラック』という洋画に「パッと見はおもちゃだけど超破壊力をもつ銃」がありますが、ちょうどそれを初めてみたときと同じような印象を受けました。また、音場自動補正機能によって、スピーカーの前に障害物があっても適切な音を鳴らしてくれるため、本当の意味で「場所を取らないで~」を実現できます。

上映会が終わってから部屋を出るとライフスタイル48の現物があったので値段を見ましたが、50万円という素敵なお値段でした。さすがBOSE。お高いことはよく知っていたつもりですがここまで高級とは。オレのようなエセ・オーディオマニアが手を出すものじゃあないということがよくわかりました。ちなみに、アウトレット品を多く取り扱うこのプレミアム・アウトレットですが、BOSEのこの店はアウトレット品を扱っているわけでなくあくまでも直営店らしいです。値段がそれを物語っていました。

BOSE直営店をあとにしてからは服を買いました。というより買わされました。春用の上着とダウンのジャンパーの計2着、しめて約15000円お買い上げでした。「服が欲しいかな」と言ったのが運の尽きで、ファッション大好きな弟から「なかなか似合ってるじゃん」とか「普段よりもいいものを着なよ」とか「ほかで買うともっと高いよ」などと言われて想定外の出費となりました。そして当の弟は1銭も使わなかったというすばらしいオチがつきました…。弟よ、おめーはアパレル業界の営業にでも就職するといいわ。ちなみに、プレミアム・アウトレットでの買い物じゃあありませんが、この後近くのデパートの靴屋にて約9000円のカッチョイー靴も買いました(これは完全にオレの意志で欲しいと思ったもの)。合計出費24000円…そんなにあるならさっきのBOSEショップでヘッドホンでも(ry

19:00

“ヲタ殺しの地”に送ってもらって帰宅(?)しました。家族も無事地元に帰宅しました。

 

2日間と旅行にしては短い気がしましたが、家族旅行なのでこんなものでしょう。普段なら「場違い感しまくり」とも言える場所も存分に楽しめ、充実した2日間でした。機会があればまた行きたいと思います。

書き終わるまでここまでだらだらとかかってしまいましたが、内容が濃すぎる旅行レポートが書けたと思います。これを読んで松島…ひいては普段行かないような場所への旅行に興味を持ってもらえればこれ幸いです。

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プロフィール

ドラグレッター

Author:ドラグレッター
デジタル物やゲーム、それと二次萌えキャラが大好きな永遠の17歳。『東日本大震災』の被災地であるとある県に住みながら、「日本経済を回すため」と理由をつけては趣味に金をつぎ込んでいく。また、口にした言葉のほとんどが死亡フラグになるという特異体質を持つ。

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